Home / 恋愛 / 千巡六華 / 第九話 朋友

Share

第九話 朋友

Author: 春埜馨
last update Last Updated: 2025-07-02 20:46:21

 目の前にいる秀綾《シュウリン》は、背が高く細身で、目と同じ淡い朱色の髪を乱していた。

 「お願い!中に入れて!話があるの!」

 秀綾は更に目を赤くして、蘭瑛《ランイン》に尋ねる。

 蘭瑛は永憐《ヨンリェン》に言われた事を思い出すが、「ど、どうぞ…」と言って、秀綾を部屋の中に入れた。

 「突然尋ねてごめんなさい。あなたにどうしても伝えたいことがあって…」

 蘭瑛は秀綾を使っていた椅子に座らせ、六華鳳宗から持ってきた白茶を淹れた。秀綾は息を整え、話し始める。

 「あなたの命が危ないの。梓林《ズーリン》があなたを殺そうとしてる」

 眉間に皺を寄せた蘭瑛は「ズーリン?」と尋ねながら、白茶の入った茶杯を秀綾の前に置いた。

 「そう、あなたがこないだ手首を捻ってたあの人。あ、ありがとう」

 秀綾はそう言って、茶杯を手に取った。

 一口口に含んだ後、秀綾はひと息ついて、また続ける。

 「梓林は、光華妃《コウファヒ》と繋がっていて…」

 「ちょ、ちょっと待って。光華妃って誰?」

 蘭瑛は、手を前に出しながら秀綾の話を遮り、知らない宋長安の妃について尋ねた。

 秀綾は、何も聞いてないの?と言わんばかりに、相関図のようなものを紙に書き始める。

 「いい?この二人は服従関係にある。これまでも、たくさんの人を追放したり、消したりしている。今回の皇太子殿下の件も光華妃の謀反。皇太后の他にも妃は二人いて、朱源陽《しゅうげんよう》から来た美朱妃《ミンシュウヒ》と、青鸞州《せいらんしゅう》から来た雹華妃《ヒョウカヒ》がいる。賢耀殿下の母君、元皇后の紫秞妃《シユヒ》は三年前に亡くなっていて、今は光華妃とその息子の光明《コウミン》殿下が偉そうに立ち回ってる」

 「はぁ…」

 (色々と複雑そうだな…)

 秀綾の説明を聞いた後、蘭瑛の頭の中にふと永憐と賢耀の二人の姿が浮かんだ。立場を超えて、互いの名を『耀《ヤオ》』と『永憐《ヨンリェン》兄様』と呼び合うほど親しい仲なのは、ただ単に仲が良いからではなく、この宮殿に潜む蜘蛛の巣のように張り巡らされた無数の手から賢耀を守り、関係性を世間に知らしめる為なのだろう。時々、賢耀が幼さを見せるのも、母親の死が影響しているに違いないと蘭瑛は思った。

 そのあとも、秀綾から光華妃の狡猾で尊大な醜悪を聞かされ、蘭瑛は複雑な宋長安の人間関係を少しだけ知った気がした。

 蘭瑛は話を変え、毒薬について秀綾に聞く。

 「その毒って、梓林っていう人が作ってるの?それとも、誰かから受け取ったもの?」

 「恐らく、誰かがここにこっそり運んできている…。梓林は調薬できないの。経穴専門だから。でも、誰かは私も分からない…」

 「経穴専門?」と、蘭瑛は何かに思い至ったかのように呟く。そして、突然椅子から身を乗り出し、秀綾に顔を近づけて尋ねた。

 「ねぇ!その女が毒薬を飲ませていた時、近くで見ていた?どこか押さえながら飲ませていたとか、何かをしながら飲ませていたとか知らない?」

 蘭瑛に圧倒されるように、秀綾は思わず顔を後ろに引いて、顔を引き攣らせながら答える。

 「え…っと、百会《びゃくえ》をいつも抑えていた…」

 「百会…。やっぱり…」

 蘭瑛は元の位置に体を戻し、落ち着き払って白茶を啜った。

 完全に盲点だった。蘭瑛は霊力を同時に奪う特殊な毒薬だと勘違いしていた。でないと、霊力のある修仙者には効果がないと思っていたからだ。しかし、百の経絡が会する場所として存在している百会を、全面的に封じて毒薬を飲ませれば、どんなに法力の入っていないただの毒薬でも、霊力を自然と弱めることができる。

 通りで、解毒しても霊力の回復が悪いわけだ。

 気の巡りと霊力の巡りは、修仙界では密接な関係を持つ。

 蘭瑛は更に、秀綾に何の毒薬だったか尋ねてみた。

 「詳しくは分からないけど、いつも甘い香りがしてた。私が思うに、鴆《ちん》の毒を薄めたものだと思う。それを、少しずつ百会を押さえて服用させれば、自然死に見せかけられる」

 「鴆!?」

 宋長安ではそんな奇毒が出回っているのか!

 流医の中でも扱える者は限られている為、蘭瑛は酷く驚いた。

 鴆というのは、猛毒を持つ鳥のことだ。羽毛一本を溶かした水を飲ませるだけで、どんな幼子でも人を殺せると言われている。

 修仙者たちは術の効力がある為、どんな毒薬でも少量であれば問題ないが、毎日服用するとなると毒殺は可能になる。

 かなり計画性のある毒殺未遂だ。

 蘭瑛はあの日、毒薬を瓶に入れた際に甘い香りがしたことを思い出した。鴆である可能性は高い。

 秀綾は蘭瑛の顔を見て、もう少し話を付け足した。

 「鴆は最近、閉山で獲れるみたいだよ」

 「え?あの閉山で?!随分と詳しいんだね」

 「あぁ…」と言って、秀綾は少し笑みを見せた。

 笑うと八重歯が見え、何だかとても愛らしかった。

 「実は、亡き父が清雲《セイウン》先生の直系の弟子だったから、私は元々清命長宗《せいめいちょうしゅう》に所属していた市医だったの。それもあって、鴆のことをこっそり先生に聞いたりしていた。身分を公にしていないから皆んな知らないけど、私も一応、三宗名家の一人。あなたが六華鳳宗の人だと聞いて、とても嬉しかった。あなたなら、色々と通じるものがあるんじゃないかと思って…」

 蘭瑛は自分の薄茶の瞳をパッと輝かせ、「私と朋友になって」と、花を優しく掴むように秀綾の手を取った。

 秀綾も安堵の笑みを浮かべて、また小さな八重歯を見せる。

 それから二人は意気投合し、しばらく互いの宗家の話をしたり、それぞれの地元の話をした。

 帰り際、秀綾は扉の前に立ち、ゆっくり蘭瑛の方を向く。

 「蘭瑛、今日はありがとう。私がここに来たことと、私の身分は絶対に内緒ね。それと、くれぐれも夜道は一人で歩かないように」

 「分かってる〜任せて!むしろ、秀綾の方こそ気をつけて。私と居るところを見られたら、それこそ秀綾が危ない」

 秀綾は小さく微笑み「また話そ」と言って、扉の外へ出て行った。

 蘭瑛は静まり返った部屋の中で一人佇む。秀綾が飲んでいた茶杯を片付けながら、ほんの少し寂しさを覚えた。

 大人になって自分と共通する人と繋がれるのは稀だ。ましてや、この宋長安という場所で偶然出会うなんて、奇跡と呼ぶ他ない。

 蘭瑛は小窓を開け、いつものように庭を眺める。

 秀綾ともっと色んな話をしたいと思ったが、賢耀の件がこれで解決すれば、直ぐにここを出ることになるだろう。

 今日が最初で最後の対話だったかもしれない。

 そう思うと、蘭瑛はまた寂しい気持ちを澱ませた。

 眺めている空が段々と薄暗くなっていく。

 六華術を持つ六華鳳宗《ろっかほうしゅう》と清命長宗《せいめいちょうしゅう》それぞれの医術を重ねたら…どんな病も治せるかもしれないのになぁ…。赤潰疫だってもしかしたら…。

 そんな淡い妄想は、美しい夕日と共に夜の向こう側へと沈んでいった。

 ・

 ・

 ・

 それから、一週間が経過した。

 この一週間の間に、蘭瑛は賢耀の封印されていた経脈を解き、賢耀の霊力を回復させた。

 賢耀も無事に、賢达《シェンダー》を自由自在に操れるようになり、武力も術も完全に元に戻ったようだ。

 蘭瑛は永憐から、二日後に華山へ送り届けると言われ、いつでも出られるように部屋の荷物をまとめていた。

 (なんだかんだ、あっという間だったな〜。秀綾は元気かな。手紙だけでも渡せたらいいんだけど…)

蘭瑛は一縷の望みをかけて、筆を取った。

 今日は何だか少し暑い…。初夏の陽気が部屋まで差し込んでいる。

 手巾で額を拭いながら、秀綾と初めて会ったあの日のことを振り返り、『また会いたい』という気持ちを綴った。

 想い人に手紙を差し出すかのように、気恥ずかしく━︎━︎━︎。

 もうすぐ、浴堂が開く酉《とり》の刻だ。

 酉の刻から酉の刻が終わるまでの間は、湯の温度が熱い為、人があまりいない。蘭瑛は熱い湯が好きだった為、毎回酉の刻に合わせて浴堂へ行っていた。

 今日もそうする予定だったのだが、酉の刻が始まるまで寝台の上で横になっていたら、いつの間にかうたた寝してしまっていた。

 目覚めると、ちょうど戌《いぬ》の刻を知らせる鐘が鳴る。

 蘭瑛は飛び起き、すぐに浴堂へ向かった。

 今日は珍しく数名の女子たちがいる。物珍しそうな視線を向けられていたが、蘭瑛は気にする様子を出さず、髪と身体を洗い、隅っこの方でゆるい湯に浸かった。

 女子たちの興奮したような会話が耳に入ってくる。

 しばらく耳を傾けていると、どうやら、女子たちはあの冷たく麗しい堅物国師の話をしているようだ。

 「今日の国師さま、一つに髪を結われていて本当にかっこよかったよね〜。動じないあの佇まい。凛とした横顔。もう、全てが完璧」

 「本当、眼福よね〜。永憐様が婚約なんてした日には、私死んじゃうかも〜」

 「死ぬだけならいいわよ。私なんて、相手を呪い殺しちゃうかもしれなぁ〜い、あははははは」

 (こ、怖っ…)

 蘭瑛は身を縮こませて、肩まで深く潜った。

 「永憐様って想い人とかいるのかな?やっぱり女には興味ないのかな?もしかして男色とか?」

 「え〜、それはないでしょ。でも、あんな美男子から攻められたら、男もさすがに反応しちゃうわよね。逆も然りだけど…」

 「あの、強靭な身体で上から甘く襲われたら…あはンッ」

 「何ぃ、その気持ち悪い声〜!さぁ、のぼせる前に出るわよ〜」

 肩をぺちんと叩く音が響いた。

 蘭瑛は、永憐の妖艶な蜜を垂らした姿を想像してみたが、声どころか酷い鳥肌しか立たなかった。

 久しぶりにゆっくり湯に浸かった蘭瑛は、夜の涼しい空気を心地よく感じながら、客室の殿に向かって歩き始めた。

 しばらく歩くと突然、前方から複数の人影が現れた。

 蘭瑛は身の危険を感じ、逃げる隙を伺う…。

 急いで踵を返し、逆方向にある藍殿に向かって走ったが、男の足には敵わず、すぐに追いつかれてしまった。

 いくら護身術を身につけているとはいえ、複数の男に囲まれたら、それは何の意味も為さない。

 蘭瑛は必死で抵抗したが、背後から白い布を口元に当てられ、段々と意識が朦朧とし始めた。自身の身体に、六華術の寛解の術を施すが、効果はほんの一瞬だけで、蘭瑛は気が抜けたかのように倒れ込んだ。

 視界が徐々に歪んでいく。

 (あぁ…、ダメだ…)

 おぼつかない瞬きをした刹那。

 脇にある大木の木陰から、秀綾の顔が見えた気がした…。

 

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 千巡六華   第三十話 回家

     衝撃的な事実を知ってしまった蘭瑛は、あれから永憐と顔を合わすことがてきず、六華鳳宗へ帰らせてもらえないかと、宇辰を通して宋武帝に申し出た。 事情を知った宋武帝は、至急紫王殿に来るように蘭瑛を呼び寄せ、二人で話しをすることになった。 完全に正気を失った蘭瑛を見るやいなや、宋武帝は気を利かせ、今まで見たことのない豪華な花茶を差し出した。「呼び寄せて申し訳ないな。少し外で話そうか」「……は、はい」 随分と涼しさを感じる夜に、紫王殿の庭では蛍がふわふわと光り始めた。 外のカウチに腰を下ろし、宋武帝は蛍の光を目で追いながら静かに口を開く。「いずれはきちんと話さなければならないと思っていたのだが……永憐のことで、君を酷く傷つけてしまって申し訳ない。全ては私一族の責任だ。今更許しを乞うつもりはないが、当時、剣門山に所属していた永憐が、個人的な意思で君の父上を殺した訳ではないことは、どうか分かってやって欲しい。あれは、私の父上が理不尽に下した命令だったのだ……」 宋武帝は物寂しく空を仰いだ。 その横顔がどこか永憐に似ていて、蘭瑛はふと目線を逸らし、宋武帝の言葉を待った。 「永憐とは異父兄弟なんだ。この事実を知ったのは、十年ぐらい前だろうか。あいつは幼い倅を、祝言を控えていた妻の変わりに助けてくれてな……。せめてもの思いでここに呼んだんだが、少し気になるところがあって。ほら、私と顔が少し似ているだろう? だから、あいつの出自をこっそりと調べさせたんだ。そしたら、永憐はあの伝説の剣豪・冠月と母上の間に授かった子であると知って、それはそれは驚いたよ。私は永憐を弟だと思っているんだが、あいつは、自分を物凄く卑下な人間だと思っているらしく、自分は私の配下でいいと、皇弟として自分の立場を絶対に認めようとしないんだ」 何一つ自分のことを話さない永憐に、そんな秘密があったとは誰も知る由もない。 宋武帝は飛んでいる蛍を素手でそっと掴み、蘭瑛に見せながら続けた。「そんなあいつがある日突然、君を連れてきた。色欲も断ち、女の話に一寸とも触れようとしなかったあいつがだ。不器用で言葉足らずな奴だが、君には何か思うところがあったんだろう。誰よりも君のことを考えていたからな」 それは分かる。いつだって側

  • 千巡六華   第二十九話 真実

     美しい月夜は儚げに消え去り、夢が覚めていくように二人の元に太陽が昇る。 「蘭瑛、朝だ。起きろ」 「…んーっ。ふぁい」 蘭瑛は欠伸をしながら上体を起こす。 永憐から寝巻きを渡され、寝台から降りて衣をさっと着る。 昨晩のことは途中までしか覚えておらず、途中から疲れ果てて眠ってしまったようだ。 「昨日はすまない。加減を忘れてしまっていた…。身体は大丈夫か?」 「…はい。大丈夫ですよ。私、途中で寝てしまったみたいですね。すみま…」 「せん」と続けようとした刹那、永憐に力強く抱きしめられた。 「嫌いにならないでくれ…」 「…ど、どうしたんですか?急に。永憐様を嫌いになる訳ないでしょう」 永憐は失うのが怖いといったような、どこか不安げな顔を蘭瑛に向けた。 今日から仙術の強化稽古が始まり、しばらく会えなくなると聞かされたが、稽古が終わったらまた会う約束をし、優しく口づけを交わした。  蘭瑛は隣の部屋に戻り、身支度を整えようと、寝巻きを脱いで鏡を見た。すると、首から下の上半身のありとあらゆる場所に、口づけの印を付けられていることに驚愕した。 (あれから、たくさん口づけされたんだっけ…。どうしよう…この無数の跡。何で隠そう…) 蘭瑛はとりあえず、葯箱から包帯を取り出し首元に巻き付けた。医局のオカマ医官に何か言われるかもしれないが、適当に遇らえば問題ない。蘭瑛は冷静さを保ちながら、医局へ向かった。 医局に到着すると案の定、オカマ医官二人に詰め寄られる。 「阿蘭、どうしたのよ?!その傷!ちょっと見せてみなさい」 「一体何をやったのよ…」 「だ、大丈夫だから!本当に直ぐ治る傷だし、二人の心配には及ばないから」 江医官と金医官は、目を細めて蘭瑛を一瞥する。 「阿蘭、また誰かに何かされたんじゃなくて?」 「ったく、女の首元に傷を負わすなんて、どういう神経してんのよ!もし男だったら、男根の先にこれを差し込んでやるんだから!」 金医官は、薬草を混ぜる先の尖った太い銅の棒を光らせた。これは、永憐にされたなんて口が裂けても言えないと、蘭瑛は思わず苦笑いを浮かべる。 「本当に大丈夫だから。六華術を復活させる為に色々やっちゃって…。それで」 「それで、六華術は復活したの?」 江医官に

  • 千巡六華   第二十八話 和合

    もう逃げられないと意を決して、蘭瑛は急いで湯浴み処へ向かい、簡単に湯浴みを済ませた。 半乾きの髪を靡かせ、急ぎ足で藍殿へ戻る。 蘭瑛は永憐の部屋の扉の前で「ふぅー」と呼吸を整え、蝋燭の光が漏れている薄暗い奥の部屋に足を踏み入れた。 中に入ると、寝台の上で腰を下ろし、長い髪を垂らした寝巻き姿の永憐が待っていた。 「来たか」 「お待たせ…しました…」 蘭瑛は固唾を飲み、恐る恐る永憐の元へ歩み寄る。 永憐は真顔で、蘭瑛に向かって一言投げかけた。 「覚悟はあるのか?」 そう言われた蘭瑛は、その場で立ち止まった━︎━︎━︎。 決して覚悟がない訳ではない。ただ理由を話さなければと蘭瑛は六華術を回復させる為に、このような事を口走ったと話した。 「ならば、術の為にしたいということか?」 「いや、そ、それだけでは…」 蘭瑛はそれ以上何も言えず俯く。 永憐は間を置いて、もう一度問うた。 「どんな理由があっても、後悔しないか?」 蘭瑛は永憐の事を心から愛している。 いずれは夫婦の契りを交わしたいとさえ思っている。 術が回復することもそうだが、一番は永憐と口づけ以上の結びつきを得たいと心のどこかでは思う。そこに迷いや後悔はない。蘭瑛は心を決めたかのようにハッと顔を上げ、自分の衣の腰紐をしゅるっと外した。 「…しません。何があっても」 そう言いながら、蘭瑛は衣を少しはだけさせ、寝台の上へ登る。 そして、足を伸ばして座っていた永憐の上に跨り、永憐の目の前で衣を完全に脱いだ。 艶やかな肌を見せられた永憐は、蘭瑛の腰にそっと手を回し、蘭瑛の顔に自ら顔を近づけた。 「本当にいいんだな?」 「…はい」 息をする暇もなく、蘭瑛の唇は瞬く間に塞がれた。 永憐は何度も優しく向きを変え、蘭瑛の乾いた唇を湿らせていく。永憐の力強い舌遣いで閉じていた口をこじ開けられ、何度も舌を絡め取られた。舌を這わせ合うたび、水が弾くような音が部屋中に響き、鼻から漏れる荒い息が熱く交わる。 露わになった胸を何度も揉まれ、永憐の細長くて力強い指先で、先の突起を何度も弄られた。 身体全体に体験した事のない電流が走り、蘭瑛は我慢できず「んんっ」と思わず声を漏らす。唇が離れ、互い

  • 千巡六華   第二十七話 驕矜

    それから、今までの輝かしい穏やかな橙仙南の色は消え、朱源陽の武官たちは橙仙南の庶民たちを蔑ろに扱うようになり、逆らおうものなら直ちに打首にされるという理不尽な内乱が勃発した。 橙仙南の一部の軍は朱源陽の傘下に入る者もいたが、深豊《シェンフォン》率いる軍は主に宋武帝の配下に身を置き、永憐たちと並ぶ形で桃園の義を交わした。 朱源陽の理不尽な要求や暴力が日に日に増していくことを懸念した宋武帝は、橙仙南の難民たちを宋長安へ避難させた。宋長安に住む人々の人柄は他所者を嫌う性格ではない為、難民たちとの間には争いや弊害などは生まれず、互いを尊重しあう形で生業を保つことができた。 秋めいてきた夕暮れの下で、蜻蛉の美しい複眼が、飛び回る害虫のハエを捉える。 瞬きをしたほんの僅かの間に、ハエは蜻蛉の口元で砕かれ、もう一度瞬きをした後にはもうハエはいない。 その卓越した動体視覚と俊敏さを駆使して、獲物を一瞬にして捕える。さすが勝利の虫だ。 その様子を窓越しから見ていた宋武帝は、永憐と深豊を紫王殿に呼び出し、向かい合っていた。 何を言われるのか大体想像のつく二人は、出された茶を啜りながら宋武帝の言葉を待つ。 「蜻蛉のようにならねばならんな…」 宋武帝はぼそっと独り言を呟いた。 そして目線を二人に戻し、続ける。 「今後のことについてなんだが…。いつ、朱源陽の矢がこちらに飛んでくるか分からない。いつでもその戦火が飛び込んできてもいいように、お前たち全員が持つ仙術の強化を図って欲しい。それに伴い、宋長安管轄の剣士たちも各方面から呼び寄せることになった。お前たち二人が師範となり、全体の底上げを頼む」 永憐と深豊は、同時に頷き『御意』と返事をした。 力強い二人の返事を聞いた宋武帝は、顔を緩ませ穏やかな表情を向ける。 「お前たちが居れば、私に怖いものなどない」 「全力でお守りします」 「橙仙南を代表して私も…」 永憐の後に続けて、深豊も誠意を表すように言葉を繋げた。 一方、蘭瑛のいる医局では環境に慣れず体調を崩す橙仙南の者たちが多く、問診に追われていた。 「食欲がなくて…」 「気持ちが塞ぎがちで…」 「涙が止まら

  • 千巡六華   第二十六話 驟雨

    「何故お前がここにいる?」 「おっと、これはこれは王国師殿。いやぁ〜、物凄い霊気を感じたので様子を見に来たんですよ。そしたら、あなたに出会した。何か特殊な霊気でも出されたのですか?」 目の前にいる端栄は先程会った端栄と同じだ。 しかし、感じた違和感をどうしても拭えない永憐はまた尋ねる。 「私ではない。剣先を光らせたのはお前か?」 「はて?私はそんな物騒なことはしませんよ。誰かと勘違いなさってるのでは?」 確かに感じた玄天遊鬼の霊気。今はパタリと消え、何も感じない。端栄が続ける。 「まぁ、ここは妖魔が頻繁に出没しますから気をつけてください。あなたとやり合って腕を無くしたまま朱源陽に帰るわけにはいきませんから、今日はあなたではなく、こちらの方に」 すると突然、端栄は蘭瑛に向かって瞬間移動するかのように飛び出し、永憐の隣にいた蘭瑛の身体を軽く突いた。 蘭瑛は急に眩暈を起こし、足元から崩れ落ちる。 「おい、蘭瑛!しっかりしろ!貴様!蘭瑛に何をした?!」 永憐は珍しく声を張り上げ、永冠の先を端栄へ向ける。 「彼女を抱えながら私と戦うのは無理でしょう。彼女の医術は素晴らしいと、玉針経宗の医家が言っていましたからね〜。術滅印で六華術を封じてみました。これで、あなたが今深傷を負っても彼女はあなたを救えない。気をつけてくださいね。それでは」 端栄が瞬時に消えた途端、黒い靄が周囲に広がり永憐の透き通った視界は瞬く間に遮られた。その靄から幾度となく屍が溢れ出し、永憐は意識のない蘭瑛を抱き抱え、蘭瑛が嵌めている翡翠の指輪に更なる強力な守護術をかけた。そして探知術を同時に発動し、永憐は全身に駆け巡る全神経を尖らせ永冠を振るう。何度も袍を翻しながら屍を次々と殺していくのだが…。 しばらくすると、驟雨が永憐の足元を濡らし始めた。 蘭瑛の頬にも驟雨が落ち、きめ細かい白い肌を伝って滴り落ちていく。 最後の屍を斬ろうとした刹那、突然黒い靄が消え、視界が明るくなったと同時に鋭利な刃を持つ鴛鴦鉞が永憐と蘭瑛を目掛けて飛んできた! 永憐は永冠で同時に躱したが、視界の眩しさに耐えられず、もう一発の鴛鴦鉞に気づかなかった。

  • 千巡六華   第二十五話 対立

     永憐たちが橙剛俊の宮殿内に着くと、先に来ていた宋武帝と橙剛俊が激しく口論していた。 「兄上がこのような惨虐に見舞われたというのに、どうして平然としていられるのだ?!」 「奴は死ぬべきして死んだんだ!私には関係ない!」 橙剛俊は憤慨し眼球を赤くして捲し立てる。 宋武帝も額に青筋を浮かべて、今にも殴りかかりそうな衝動を抑えながら拳を振るわせていた。 「お前、何か企んでいるのか?!」 「はっ。何を企んでいようと私の勝手だ。あんたには関係ない。今まで散々あいつに振り回され続けたんだ!今こそ橙仙南は自由になるべきだろ!あんたこそ橙仙南を心配してる場合か?あんな奴を心配する前に、自国の心配をしたらどうだ?倅を残してきたんだろ?大丈夫なのか?」 宋武帝は遂に堪忍袋が切れ、橙剛俊の顔を思いっきり殴った。橙武帝が今までどれだけの功績を残し、橙仙南の繁栄を守ってきたか。四国会の統治を守ってくれたのも橙武帝がいたからだ。 橙剛俊は床に伏して赤く腫れ上がった頬を摩る。  「お前とは桃園の儀を結べそうにない。お前が誰かと手を組みその者たちの所へ行くのなら勝手にしろ。しかし、橙武帝を侮辱するような真似は許さない!覚えておけ!」 そう言って宋武帝は踵を返す。 すると橙剛俊は唇を震わせながら、宋武帝の背中に向かって叫んだ。 「あんたこそ、これからどうなっても知らないからな!そこにいるお前らも出て行け!」 ずっと様子を伺っていた永憐の元に宋武帝が来る。 「永憐。私は先に帰る。頃合いを見て帰ってこい」 「分かりました。私たちもここを出よう」 永憐たちは宋武帝の後に続き、救いようのない愚か者を置いて宮殿を出た。 先に帰る宋武帝に宇辰が護衛として付き添うことになり、永憐と深豊は二人を見送る。そして、歩きながら深豊が口を開いた。  「まったく、どうなっちまうんだよ…これから」 深豊は溜め息を吐きながら、門の近くにある石畳みの階段に腰を下ろす。 永憐は何も言わず、遠くを見るように目線を上げて空を仰いだ。永憐の碧色の瞳には雲の模様が浮かび、わざと一抹の不安と恋慕を掻き消しているようにも見えた。 するとそこに、橙剛俊の倅・橙風宇が一人、日傘で顔を隠す様にしてやってきた。 「兄様方にお話しがご

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status